【Epilogue】
「よォ、邪魔すんぜ、乱数」
あの後、俺らは合流地点として合理的だった乱数の事務所で落ち合うことになった。
先生曰く、俺の容態を確認した上で必要があれば病院にということではあったらしい。道中左馬刻が頼んでもいねぇのに(嫌々ではあったが)(おそらく先生の指示だったんだろう)俺の身体を冷やしたりスポドリを飲ませたりしてくれたこともあって、結果として安静にすれば問題ないという判断が下り、応急処置をされて今は事務所のソファに横になっている。
先生と乱数が向かいに座り、少し離れたところで左馬刻が窓に寄り掛かりながら煙草に火種を灯した。
「……さて、電話で概ねの話は聞きました。おそらく同じマイクを持つ敵に狙われたと見て間違いはなさそうですね」
「同じマイクっつってもよ、俺としちゃそれがどんな違法マイクかイマイチよく分かんねぇんだよ」
煙を吐き出しながら左馬刻が苛立ちつつ零す。
「左馬刻君だけは、個人でラップバトルをしていないようですからね。…もう一度、今回の経緯を纏めてみましょうか」
「そうだねー、僕も掻い摘んでしか聞いてないしさ」
「まず、一郎君が一人でラップバトルをした際。一郎君がラップで相手を攻撃をした筈なのに、何故かそのダメージは一郎君に向けられていた」
「そうなんスよ! マジで意味分かんねぇ…痛ててっ、」
「安静にしていなきゃだめですよ」
「なるほどな、通りでこのダボはボロボロだったワケだわ」
「ええ。そしてこれは、私と飴村君においても同様でした」
「やー、今まで体験したことなかっけどさー、幻惑見せられるってヤバいね、頭ラリっちゃう感じ」
「ってことはもしかして…」
「ええ。このマイクの特徴の1つは、カウンターです」
元TDDのメンバーともなれば攻撃力もハンパない。普通の人間ならば1バースで軽くノックダウン出来てしまうそのダメージをまさか自分が食らうことになるなんて、思ってもみなかった。
「しかもタチの悪いことに、おそらくダメージを倍増させている」
「マジかよ。攻撃が届かねぇどころか、倍になってテメェに返ってくるなんざ攻略しようがね……いや、けど一郎と二人でヤった時は攻撃が通じたぜ?」
「ええ、私と飴村君が二人でラップをした時も同じことが起こりました。メカニズムはまだ分かりませんが、カウンターで返せる許容範囲があるのかもしれません。それとも複数人でのラップにはそのカウンターが発動しないか…どちらにせよ、今後このマイクを持つ人間を相手する時は、二人以上で対応すべきです」
「けど、寂雷に限ってはちょっとチートってゆーかさー、一人でも場合によってはイケちゃうの、ずるーい」
「ああ、そうでしたね。敵のスキルが倍増カウンターならば、私であればそれを逆手に取れます」
「……! そうか、寂雷先生の回復ラップなら」
「なるほどな、むしろ回復が倍増して俺らにかかるってことか。ある意味切り札だな、先生はよ」
煙草を吸い終えたらしい左馬刻が灰皿で揉み消してソファにどさりと腰掛ける。
俺と左馬刻は勿論のこと、乱数の幻惑スキルすらもカウンターされてしまうのでは太刀打ちが出来ない。けれど先生のスキルなら、攻撃は出来なくともカウンターを食らうことはなくなるワケだ。
「それを踏まえた上で。……一つ、君達に提案があるのですが」
「提案?」
寂雷さんの顔を見上げれば、珍しく何かを言い淀んでいるようだった。しばらくの沈黙の後、何かを決心するように息を一つ吐いて口を開く。
「……一時的に、The Dirty Dawgを復活させませんか」
数秒間、誰もが目を丸くしていた。俺らはそれぞれの思いを抱え、各ディビジョンを背負っている。何せこの間ディビジョンバトルを終えたばかりだ。シンジュクが優勝したとはいえ、実質今もディビジョンリーダーであることに変わりはない。それに何より個人的な確執もある。俺と左馬刻、先生と乱数。
「……ンなこと、出来るワケねぇだろ。このダボとまた一緒になんざ、想像しただけで反吐が出る」
「俺もだ、先生。悪いけど今更左馬刻と組むだなんて考えらんねぇ」
「様を付けろつってんのが分かんねぇのかクソガキ」
「テメェに払う敬意なんか一ミリも持ち合わせちゃいねぇんだよ」
「あ?テメェマジでクソみてぇなこと抜かしてっと…」
「……落ちついてください、二人とも」
喧嘩はめっ、だよ!と乱数が俺らの間に割って入る。互いにしばらく睨み合った後、どちらともなく散らしていた火花を収めた。
「ディビジョンバトルもあります。そこでは勿論敵同士です。しかしそうでない時は、共に立ち向かわねば最悪の場合、そのディビジョンを背負うことすら難しくなり得ます。………それに、あの頃の高揚感を二人とも覚えたのではないですか? 正直に言えば、飴村君とラップをした時、私はあの頃に戻ったような感覚を覚えましたよ。それはある意味で今のチームメイトとは全く違う感覚であり、興奮にも近いものでした」
「まぁぶっちゃけ、楽しくなかったって言えば嘘になるよねー」
「……まぁ、そりゃ」
「なくは、ねぇけど」
いわば協定みたいな物だ。厄介な違法マイクを突き止めその敵を倒すまでの、一時的なTDDの復活。もう二度と四人が同じものを見てラップをするなんてことはないと思っていた。嬉しさと興奮と嫌悪と懐かしさが、俺の胸の中で混ざりあっていく。
「偶然は重なるものですね。些か出来すぎている気もしますが。再び、一時とはいえ君達とまたラップが出来ることを嬉しく思いますよ」
「なんか楽しそーじゃん! いいよ、賛成ー! 左馬刻だってさ、昔一郎とラップしてる時は他の何してる時より楽しそうだったじゃん!」
「……チッ、わーったよ。けど一時的だかんな。最終的は俺らMTCが全員ぶっ潰すことに変わりはねぇ」
「ああ、そういうことならまた4人でやろーぜ。TDD復活だな!」
─────・・
「では一郎君、体調管理には気をつけるんだよ。ちゃんと水分と栄養、睡眠を取るように」
「ウス」
「んじゃ乱数、一郎を頼むわ」
「おっけー、任せて! じゃあね~!」
今後の方針をしばらく話し合った後、左馬刻が先生を車で送って行く形で事務所を後にした。俺はさすがに体力の限界が来ていたため、乱数の事務所のソファで一晩寝かせて貰うことになった。
二人の見送りが終わると、途端に疲労が押し寄せた。ソファに再び横になる。アドレナリンで無理矢理起きていただけの俺の体は次第に重く沈み、深い眠りに落ちていくまでにさして時間はかからなかった。
だから、俺は気付かなかったんだ、この時乱数が何と言ったのか。どんな表情を浮かべていたのか。
「……ふふ、偶然に偶然なんて、それはもう必然なんだけどね。お人好しだなぁ、相変わらずアイツらは。──まぁいいよ、面白いってことに変わりはないしね。ここからどんな物語になっていくか、見届けてよね、オネーサン♡」
「めでたくTDDが復活したわけだが、ここからの物語はリスナーのヤツらと作っていくぜ!
今回敵サイド選択のアンケートに投票してくれたヤツ、
それから敵のラップを書いてくれたヤツ、
マジでありがとうだぜ!」
「"こんな話が見たい"とか、"こんな企画を部屋でやって欲しい"ってのがありゃ、
俺か一郎の質問箱に投げとけ」
「ちゃんと【TDDのアンケート】ってわかるように投げてよね、オネーサン達!」
「お騒がせしますよ。君達の投票によって私たちのあり方が変わってきますからね」
To be Continued.