【後編:一郎SIDE】
距離をある程度詰めたチンピラ達は次々にマイクを構え始める。力勝負でないのがこの場合有難い。体力の限界に来ている俺にとっては、一撃で全員を沈められるラップバトルの方が優位だ。相手が馬鹿で助かったと内心安堵しながら此方もマイクを構える。ならば先手必勝、俺が先行を頂くぜ。
「馬鹿な事言ってンな Backしねぇ過去
Badもう関係ねぇ ただ下等の考えはただブチのめす
碧の棺に行く前に 逝かせてやるよ
俺のVerseで吹っ飛ばす Fall down!」
爆発音が響き渡り粉塵が視界を舞う。消耗していたとは言え、ディビジョンバトルメンバーのような強靭な精神力を有していない相手にはかなりの大ダメージになる筈……
「ッ、ぐぁ……ぁあ…ッ!!?」
巨大な鈍器で脳味噌を殴られたようなダメージに膝をつき、迫り上がる吐き気に噎せ返る。視界が赤色に明滅する。息が上手く出来ない。何で、確かに相手にダメージが刺さった筈、俺に向けられたリリックはない、なのにどうして俺は。
「ヒャッハハハ!!!何が起きたか分かってねぇみてぇだなァ!」
「ハンパない威力だぜ、こんなん食らってたら俺らは一溜りもねぇわ!!!」
揺らぐ視界に幾つもの靴。次の瞬間には鳩尾に熱、と思った時には嘔吐く。そんな俺を嘲笑うかのように浴びせられる蹴りと嘲笑。口の中が切れて鉄の味が広がる。
このままじゃまずい。けれど疲労の蓄積した俺の体は思うように言うことを聞かない。蹴りの被害を最小限にしようと身を丸めた瞬間、突如響き渡ったのは耳を塞ぎたくようなブレーキ音。俺を蹴り付けていた奴らの動きが止まり、一斉に音のした路地の出口へと視線を注ぐ。
「ンだ、テメェ…」
チンピラの内の一人が音源へと足を向ける。俺の位置からでは周囲のヤツらの脚が邪魔をして状況がよく視認出来ない。ジャリジャリと歩を進めるその音は直ぐに悲鳴へと代わった。そして何かを引き摺る音が此方へと迫ってくる。周囲がザワつく。俺は全身の痛みと苦痛に耐えながら様子を伺う。
「…………俺様のシマで何してンだ、テメェら」
次の瞬間、重い音を立てて何かが此方に投げ込まれた。苦鳴と周囲からの暴言で、先程の男が投げ飛ばされたのだと理解する。いや、そんなことより。何で、よりにもよって。悔しさに噛んだ唇の痛みは他の痛みにより殆ど感じない。すぐ近くに転がっているマイクに手を伸ばす。──此奴の前で、こんな醜態を晒すだなんて、俺の一生の恥だ。
「おいまさかコイツ」
「ハッ、探す手間が省けたじゃねぇか、なァ!」
砂と血の混じった唾液を吐き出す。悲鳴を上げる筋肉を叱咤して立ち上がる。未だ視界が霞んではいるが、見間違えようもない姿。チンピラ達の向こう側に、青いスカジャンを着て此方を氷点下の瞳で睨めつける男の姿。
「お前らまとめて……あ? ンでテメェが此処に居ンだよ、一郎…?」
向こうも一瞬で此方に気付いたらしい。その疑問符はしかし瞬時に眉間の皺へと刻まれた。一目瞭然、事の次第を理解したらしい。俺への嫌悪と状況への侮蔑。内心舌打ちするも言い訳のしようがない。
「再会喜んでるとこ悪ィがよォ、左馬刻ぃ、ちと俺らにそのツラ貸して貰うぜ?」
「あん? テメェに貸すツラなんざねぇよゴミ共、むしろテメェらがその首差し出す側だろうが」
「忘れたとは言わせねぇ! テメェのせいで俺らはなァ!!」
殺気立つ周囲の目が全て左馬刻に注がれているこのチャンスを逃しはしない。地面を蹴って、男たちの隙間から左馬刻の立つ方へ、半ば転がるように駆け出した。
「おーおー、立ってんのがやっとみてぇな面してンじゃねーの」
「……一応、礼を言う。助かった」
「は? テメェふざけたこと抜かしてンじゃねーぞ、テメェを助けに来たんじゃねぇよ、俺のシマでラップバトルしてるゴロツキがいるっつー連絡が舎弟からあったんだよ。たまたま近くに居たから車飛ばしただけだかんな」
「分かってるっての、けど、結果として助けられる形になった」
突然響くビート音。顔を向ければ先程と同じくニヤつくヤツらの気色悪い笑み。そうだ、さっきの異常を左馬刻に知らせなくてはならない。また同じことを繰り返せば、2人まとめて膝をつくことになる。
「左馬刻! あいつらのマイクは何か変なんだ、俺が先行だったのに、」
「ゴタゴタ抜かしてんじゃねぇそこのガキ!! ヤんのかヤんねぇのかァ?! まさか逃げるワケねぇよなぁ、左馬刻様ァ?」
ブチッ。……気配で分かる、左馬刻の怒りのボルテージが一瞬でカンストした。挑発に乗ったら終わりだ。この手の挑発をシカト出来ない左馬刻の性分を俺はよく知っている。
「おい、落ち着け左馬刻っ、」
「様をつけろつってんだろーがクソダボ!! ンなヤツら俺とテメェなら1バースでノックアウトに決まってンだろ、やんぞ!!」
俺の制止虚しく、臨戦態勢の左馬刻に対峙する形で前に出てきたリーダーらしき男が、不敵な笑みを浮かべながらマイクを手に口を開く。
「何が伝説 どうせクソ雑魚の設計図
さぁ始めようぜ デスゲーム
だが残念 死ぬのはお前だけ
俺は極める押韻主義
刺青入れなくてもスキルお墨付き
ライムを抽出するエスプレッソ
元伝説まとめてチェックメイト」
リリックが突き刺さる瞬間、衝撃に身構える俺を背にするように左馬刻が前に躍り出る。二人分のダメージを受けた左馬刻が一瞬くぐもった声を漏らすも、瞬時に此方のビートが鳴り響く。もしかして、庇ってくれたのか? 俺を、左馬刻が?
「ぐっ、ハッ……全然、大したことねぇなァ! オラ、行くぞ一郎!!!」
「っ、わーったよ…!」
こうなればもう、腹を括るしかない。次あのダメージを食らったら、俺はどの道意識を飛ばしちまう。だったら、一か八かの賭け、まさにDead or Aliveだ。
「人のシマ 荒らすゴミ共の顛末
二度とその面 見せんじゃねェぞGet out!
Burst! 卑怯な回転止めてやる
破裂 本番ここから炸裂
受け取ったバトン 威力増し
熱いbattleでお見舞いするぜ!
俺らに喧嘩売ったのが運の尽き
跪き テメェらの命 ここで終わり!」
精神干渉の爆発音。万一に備え、歯を食いしばり身構える。しかし俺の憶測に反し、悲鳴が上がったのは前方からだった。
「っ、ゲホッ、ンで…!」
「マイク…が、効かね、ぇ…っ」
ドサドサと男達が崩れ落ちていく音。最後の恨みの言葉も虚しく、全員が意識を失ったようだった。
「勝った……ん、だよな…?」
「当たり前だろ何言ってんだテメ……おい、しっかりしろや」
肩の力が抜けるや否や、膝が笑って崩れ落ちる俺の腕をぐいと掴む手。アドレナリンで何とか持ち堪えていただけだったらしい。にしても、久々の左馬刻とのラップは、やっぱり──。
「ッ、ンだよこの熱さはよ、テメェ熱あんだろ! クソっ、此処で倒れられちゃ胸クソ悪ィ、いいからさっさと乗れ」
左馬刻に引き摺られる様にして、車の助手席に連れて行かれた。さすが高級車、座り心地が良い。重い体が沈めば、意識もそれに倣ってゆっくりと落ちてゆく。
「───ああ、一郎が───おう、──った、向かうから───」
どうやら左馬刻は誰かと通話しているようだ、と意識の片隅で認識する。ダメだ、もう指一本動かない。せめて二郎と三郎にだけは連絡を入れねぇと…………、
俺の意識は、此処で途絶えた。
・・・"Counter the encounter Epilogue" へ続く